打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

2006年12月31日の「天声人語」

作者:心のふる… 文章来源:贯通论坛 点击数 更新时间:2007-1-2 22:20:56 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

论坛讨论地址:

http://www.kantsuu.com/bbs/dispbbs.asp?boardID=121&ID=83411&page=1

ことし最後の日をむかえた。やれ大掃除だ、それ年賀状だ、と気ばかり焦って、ちっともはかどらない。それでも、どうやら年は越せそうだ。ありがたい。
  

今年的最后一天到来了。唉,大扫除!咳,贺年卡!老是这样精神焦虑,事情进展得一点也不顺利。尽管如此,旧的一年眼看也要过去了。幸好!
 
     江戸から明治時代にかけて、年の瀬は厳しいものだった。つけ払いの代金をとり立てる「掛け取り」に追われる庶民の話の何と多いことか。馬子唄(まごうた)で「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ」とくれば、結びは「大井川」だ。だが、もとは「大(おお)晦日(みそか)」だったという。

从江户时期到明治时代,过年历来都是不轻松的。被欠帐讨钱的债权人穷追不舍——老百姓中这样的话题何其多啊。马夫小调唱到“箱根八里骑马越,越也越不过……”时,就会接上“大井川”  三字。然而,据说以前它是接着“大晦日(译注:除夕)”三字的。
 
    
そんな大みそかに大団円を迎えるのが、落語『芝浜』だ。怠け者の魚屋が大金の入った財布を拾い、浮かれてどんちゃん騒ぎをする。ところが一夜明けて、女房から財布なんぞ知らない、夢だよと言われてしまう。それを真に受け、改心した魚屋は酒を断ち、仕事に励む。そして3年目に財布の存在を明かされて……
  

  安排在这样的除夕里实现大团圆的是落语(译注:滑稽故事)《芝浜》。懒惰的鱼贩子拾到重金鼓鼓的钱囊,于是,欢天喜地,喝酒纵乐。哪想,天亮之后老婆却告诉他并没有什么钱囊,那只是梦。他信义为真,便洗心革面,戒酒励志.然后,在第三年才知道钱囊的事是真实存在的……
 

痛飲して、記憶が途切れたことのある身には、宿酔の朝に、夢だよと突き放される場面が切ない。まさか、そんな、とほほ。不覚にも、そんな経験をお持ちの方もおられよう。ただ、目ざめたくない夢など、そうめったに見られるものではない。

经历过痛飲之后而记忆中断的人,在酒醒的清晨被抛弃在梦醒的现实中,那情景是很残酷的。难道真有那样的人和事吗,哎,真可悲。不过,不自觉地,也有人有过那样的体会吧。只是,不愿意醒来的好梦之类的,是很少梦见的。
 
それに比べて、ことしも悪い夢としか思えないような惨事が、世にあふれた。親がわが子をあやめる。いじめを苦にした自殺や、飲酒運転の事故も続発した。イラクのフセイン元大統領が処刑されたが、現地での死者は増え続けるのではないか。
 

与此相比,今年也是噩梦般的悲惨事件充斥于世的一年。发生父母杀害亲生孩子事件。饱受欺侮之苦而自杀、以及酒后驾驶事故也是接连不断。原伊拉克总统候赛因被处绞刑,当地的死亡人数将会继续增加吧。
 
  
こよい、除夜の鐘が聞こえたら、耳を澄ましてみる。忘れてしまいたい思い出と、忘れてはならぬ記憶が、胸の中に降り積もるに違いない。そして、年が改まる。
    

今宵,除夕的钟声将要敲响,请试着侧耳倾听。希望忘记的往事,无法忘怀的记忆,一定会凝聚心间。然后,新年就到来了!

 

[1] [2] [下一页]



打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口