●阪神・淡路大震災記念日1995(平成7)年1月17日午前5時46分、淡路島北端を震源とする兵庫県南部地震が発生した。マグニチュード7.3で震源の深さは約14キロ。神戸市・芦屋市・西宮市と淡路島の北淡町で初めて震度7の激震を記録した。大都市神戸を中心に阪神間の人口密集地を直撃し、鉄道・高速道路・港湾等の交通機関や電気・水道・ガスのライフラインが壊滅状態となり、自宅を失なって避難した人は最大で23万人に達した。死者は、震災が原因で亡くなった人を含めると6000人を超えた。負傷者は約42000人、倒壊家屋は約40万棟。被害総額は10兆円にも登る。●防災とボランティアの日阪神・淡路大震災では、政府や行政の対応の遅れが批判された一方で、学生を中心としたボランティア活動が活発化し、「日本のボランティア元年」と言われた。これをきっかけに、ボランティア活動への認識を深め、災害への備えの充実強化を図る目的で、1995(平成7)年12月の閣議で制定が決定され、翌1996(平成8)年から実施された。●おむすびの日米に関係する民間企業やJA等でつくる「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」が2000(平成12)年11月に制定し、2001(平成13)年から実施。日付は公募で選ばれ、阪神大震災ではボランティアの炊き出しで被災者が励まされたことから、いつまでもこの善意を忘れない為、1月17日を記念日とした。●今月今夜の月の日尾崎紅葉の『金色夜叉』の中で、主人公の寛一が熱海の海岸で、貫一を裏切った恋人のお宮に「可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたらば、僕の涙で必ず月は曇らせて見せるから」と言い放ったことから。この日の夜が曇り空になることを「貫一曇り」と言う。●湾岸戦争開戦1991(平成3)年、アメリカ軍を主力とする多国籍軍が、イラクとクウェートのイラク軍拠点に攻撃を開始し、湾岸戦争が勃発した。この日に設定されていた撤退期限が過ぎてもイラク軍がクウェートから撤退しなかったため、攻撃に踏み切った。
1989年1月7日 日本裕仁天皇病逝日本历史上的今天(01月01日)日本历史上的今天(01月02日)日本历史上的今天(01月03日)日本历史上的今天(01月04日)日本历史上的今天(01月05日)日本历史上的今天(01月06日)日本历史上的今天(01月07日)